JA栃木厚生連の2病院は栃木市・下野市を中心に中核病院として、農家組合員や地域住民の皆様の期待を担って運営されています。その地域の身近な総合病院として施設設備を充実し、高度でしかも専門的な医療が提供できるよう努力を重ねております。また、夜間や休日における救急の患者さんにも対応できるよう24時間体制で救急医療に備えています。
 さらに、各病院が実施している人間ドック・事業所検診などの健康管理活動にも力を入れ充実を図っております。また、訪問看護ステーション、在宅介護支援センターおよび居宅介護支援事業の運営、県内各JAと連携をはかり農村型ホームヘルパーの養成を支援するなど、高齢者福祉対策事業の活動を展開しています。
  このホームページを皆様にご活用いただくとともに、JA栃木厚生連が地域の人々により愛され、信頼され、そして利用しやすい厚生連となるよう日々努力してまいります。




JA厚生連は、農家組合員や地域住民の皆様が健康で明るい生活ができるように、農民の協同の力によってつくりあげた組織です。
昭和のはじめ、戦前の農村地域は、過労、栄養不足、不衛生などによる悪環境に加え、医師のいない町村が多くありました。当時の医療は、自由開業医制のため医師は都市部に集中し、医療費も高額なものでありました。このため農村地域においては配置薬の服用による治療に頼るしかなく、医師の診療を受けるときは、既に重篤な状態か、または死亡にいたるときでした。
そこで、農業協同組合の前身である当時の産業組合は、農村地域のこのような貧困と病苦からの解放を願い、無医村地区の解消と医療費低廉化の運動を展開し、病院や診療所の運営を行ないました。
戦後、農業協同組合法のもとにJA厚生連がこれを引き継ぎ、現在にいたっています。

 このような背景のなかJA栃木厚生連においては、昭和13年に保証責任医療利用組合連合会が発足し、同年7月18日に石橋病院、同じく7月25日に下都賀病院、昭和17年8月10日に塩谷病院を開設しました。その後、日本は戦時体制にはいり、昭和18年施行の農業団体法により産業組合等は統合されて農業会となり、国家統制の代行機関となりました。
 戦後、敗戦により農業会は解散させられました。そして、昭和22年に農業協
協同組合法が制定され、 本会は昭和23年8月に栃木県生産利用農業協同組合連合会となりました。 さらに、昭和25年8月、同連合会の解散に伴って、栃木県厚生農業協同組合連合会が誕生しました。そして現在、JA厚生連は、日本赤十字社、社会福祉法人恩賜財団済生会とともに公的医療機関三団体と呼ばれ、JA栃木厚生連は次の施設によって事業を運営しています。詳しくは各事業所のホームページを参照願います。


下都賀総合病院
 
石橋総合病院
 





名 称 栃木県厚生農業協同組合連合会
所在地 〒328−0052
栃木県栃木市祝町4番25号
電話番号 0282−25−1131(代)
FAX番号 0282−25−1137
設立年月日 昭和25年7月31日
会員数 14会員
出資金 4億8,671万円
主な事業 医療事業、保健事業、老人福祉事業